たすけて、幽霊さんが
ぱちり、と目が覚める。
意識は鮮明なのに身体が全く動いてくれないことを悟って暗い天井を見つめる。
金縛りだ。
「お目覚めですか」
ベッドの傍に長い黒髪の若い女の子が立っていた。お決まりの真っ白なワンピース・・・・・・ではなく、今日は珍しくセーラー服を着ている。
「眠れないようですね」
___君が来たからなおさらね。
「あら、失礼しちゃう。うなされてらっしゃったから、てっきり悪い夢でもご覧になっているのかと思ったのに」
形の良い唇が、む、とへの字に曲がる。いつも影が差したように黒い靄の掛かっていた目元が、なぜか今日ははっきり見えた。
___うなされていた?
「ええ。開けっぱなしの窓からの夜風で涼しいはずなのに、額に汗を浮かべて唸っていましたよ。くるしそうでした」
何かありましたか、という彼女の言葉に、昨日の出来事が走馬灯のように思い起こされた。
変わり映えのない、散々な一日だ。
「眠れなかったんですね、昨夜も」
私の脳裏によぎる場面をさらさらと確認した彼女は、来られなくてごめんなさいね、急に外せない用事ができちゃて、と茶化すように言った。
上手く眠れなくなって、何年が経つだろう。
なぜか夜は眠れずに、日が昇ると気を失うように寝る。日中、無理矢理起きていても同じだった。かかった医者は一様に「睡眠障害だ」と言ったけれど、解消法は見つからなかった。
彼女とは、強い睡眠薬を飲んだ夜に出会った。夢さえ見ずに死ぬのはいかがなものかと起こされたのが始まりだ。邪魔しないでくれ、と悪態をついた私の口を、彼女は見えない力で縫い付けた。
「私の声が聞こえるんですね。うれしいです。お話相手が欲しかったんですよ、ずっと」
口角を上げて嬉しそうにしている彼女を、不気味だとも怖いとも思わず受け入れてしまったのがいけなかったらしい。私はいとも容易く取り憑かれてしまった。
取り憑くと言っても、今日のようにふらりとやってきては適当に話をして帰って行くというような気ままなものだった。
ぎ、とベッドを軋ませて、彼女が私の腹に馬乗りになる。
「添い寝でもしましょうか?」
綺麗な弧を描く唇の血色がいつもより良いのを見てはっとする。
___どうして彼女から確かな重みと体温が伝わってきている?
「あら」
飛び上がるように上体を起こす。きゃ、と足の上に背中から倒れてきた彼女を視界の端に、枕元に置いていた端末を操作する。注目のニュース欄に行き着き目を見張った。
【新着】飛び降り少女、遺体見つからず。捜査難航
震える手で記事を開く。昨日正午、××県××市で高校三年生の女子生徒が通っている塾の屋上から飛び降りたものの、忽然と姿を消したというのだ。肉片のひとかけらも見つからず、神隠しと表現するほか説明がつかないほど、跡形もなく消えたらしい。
___まさか、外せない用事って。
私の足の上で仰向けに寝転んだままの彼女を恐る恐る見れば、こちらの視線に気付いた彼女がイエーイと言わんばかりに目元でピースをして明るく言い放った。
「新幹線で三時間と少しでした」
最終便で人も多かったんですが、案外気付かれないものですね、と笑う彼女と同じ顔の写真が表示された端末を取り落とす。僅かな風で揺れるカーテンの隙間から淡い光が差してくる。
夢であれと願いながら、私は気を失った。