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モノクロ


 いつから自分をやり直したい?って聞かれたら、生まれた瞬間だって答える。

 きっと僕がこんな姿に生まれていなかったら、あの子はたくさんの人に愛されて、祝福されて、幸せだっただろう。そうだ。全て僕が悪かった。あの子に拾われたのが僕だったのが、全部悪かったんだ。あの子が僕じゃなくて白い毛並みのあいつを拾っていたら、魔女なんて呼ばれていじめられることもなかった。僕があの時あの子の前をふらふら横切らなかったら、きっとあの子の運というやつは急上昇して今頃たのしい日々を過ごしていたんだ。お前のようなちいさい存在が人の運命を左右できるわけないだろって?でもさ、おかしいじゃないか。あの子は何も悪いことをしていないのに、どうしてあの子ばかり苦しんで、あの子を苦しめる奴らは平気な顔で今日ものうのうとあったかいご飯を食べているんだ。あんなやつら、泥水を啜りながらあの子が流した涙の分だけ横っ面を張られるべきなのに。腫れ上がるだけじゃ済まないな。鼻血くらい出して貰わないと僕の気が済まない。そんなことを言っちゃだめだって、もし僕の言葉が分かったら諫めるんだろうね。あの子は優しいから。

 あの子は勉強も苦手な運動も頑張っているのに、好きでもない習い事にもちゃんと休まず通っているのに。あの子は絶対に悪くないって言いきれるんだ。だったら他に原因があるとしか考えられないだろう。あの子の一番近くにいるのは僕だ。僕が悪いんだよ。だってあの子は悪くない。悪くないんだ。知ってるよ。こんなこと話そうとしたところであの子に伝える術はないし、ダメ元で話してみたって、あの子は「なぁに?ご飯?」なんて見当外れな返事をして笑いながら僕の頭を撫でるんだろう。

 ああ、僕が僕として生まれていなかったらどんなによかっただろう。

 あの子に出会ってから、この煤色の身体が、いつだって恨めしかった。

 だからペンキを被ったんだ。白くなりたくて。看板を塗り直していたおじさんの足下にあったペンキ缶の中に足を突っ込んだ。突っ込んだと言っても、おそるおそるだけど。被ったんじゃないのかって?だって思ったより凄まじい匂いだったんだ。あのペンキの野郎。顔をつけるか迷っていた僕におじさんが気づいて大きな声で怒鳴ったから、ぷいって知らん顔して帰ったんだよ。邪魔してごめんねーって。速すぎて目にもとまらなかっただろうね。びっくりしたわけじゃないよ。びっくりしたわけじゃないんだからね。ほんとだよ。

 塀の上を歩いているとね、通りすがった子どもが僕を指さして楽しげに言ったんだ。

「あのねこさん、くつしたはいてる!」

 その子どもと手を繋ぐ女の人も、僕の方を見て微笑んだよ。

 人は勝手だ。こちらの悩みも知らないで、無責任に自分以外のものを自分の知っている範囲に押し込めようとする。このぺたぺたする凄まじい匂いの膜の下が皆の忌み嫌う煤色だってわかったら、無邪気に「まっくろだ!」なんて言う子どもに女の人は眉をひそめただろう。その子がよからぬ心の持ち主だったら僕に石ころを投げたかもしれない。人は簡単に幸運の象徴だの不吉だの、何の断りもなく嘯いて、気に入らないものはぞんざいに扱うんだ。

 家につく頃には、靴下の底は破けていた。ランドセルを背負ったまま膝を抱えてうずくまっている小さな背中を見つけて近寄る。今朝はなかった絆創膏が右腕の肘のあたりに貼られていた。

「・・・・・・クロ?」

 涙をいっぱいに溜めた大きな瞳がこちらを向いた。

 ああ、こんな身体に生まれたなら、せめて本当に魔女の手先になれたら良かったのに。

 そうしたら、この子を笑った奴らを、この子をいじめた奴らを、全部、全部、

「クロ、」

 全部。

「・・・・・・かっこいいね、そのくつした」

 僕が何を考えていようとお構いなしに、君はいつもふにゃっと笑って僕の頭を撫でる。

「おふろ入らなきゃね」

 とりあえず僕は明日、君の腕に絆創膏を増やしたやつを探すよ。

 見つけたら、そいつの前を横切ってやるんだ。

「にゃぁ」

 100回くらいね。