ゆめくい
よく、落ちる夢を見る。
ビルの屋上から、電波塔の天辺から、飛行機から、橋から、階段から、窓から。真っ暗な奈落へ、落ちる夢を。
気紛れに覗いた夢占いの結果は言わずもがなで、どうしようもない現実と向き合っては乾いた声で笑う。
自信の喪失、不安、失敗、挫折の暗示。もう私は、夢にさえ夢を見させてもらえない。
夢の中で目が覚める。
今日は真っ白な空間に立っていた。
ざらざらと形を変える空間を歩き、階段状になったところで足を滑らせる。
__ああ、またか。
視界が一転し、真っ白な世界が遠ざかる。段になったり流線型になったり、形がぐるぐる変わる白に遠巻きに見られながら真っ黒なところへ落ちていく。
助けなどないとわかっていながらも、いつも通り、形式的に手を伸ばした。きっと今日も視界が真っ暗になった途端に跳ね起きて、乱れた呼吸を整えながら、背を伝う冷や汗に気づくのだろう。
視界が狭くなっていく。
そろそろだと目を閉じる。
がくり。
伸ばした左手が自分の重みで引っ張られる心地がして、ふと瞼を上げた。
「つかまえた」
驚いて声の方を見ると、白黒の毛皮で覆われたケモノがこちらを見ていた。
「……パンダ?」
「バクだよ。笹じゃなくて、夢を食べるの」
バクはおっとりと続ける。
「お姉さんの夢、あんまりおいしくないものだから、文句言いにきちゃった」
つかまえられた左手が引っ張りあげられられる。
「ぼくね、甘いもの苦手なんだ」
いつの間にか真っ白になっていた空間に降り立ち、腰くらいまでの背丈しかない二足歩行のバクに向かい合う。
「だからね、お姉さん。今日は起きたら「この夢を獏にあげます」って言って。蜜みたいにどろどろ甘い夢はもうこりごりなんだ。綺麗さっぱり忘れて、新しい夢を見て。今度はぼくが好きそうな、爽やかな夢を見てくれると嬉しいな」
約束だよ。
ゆったりとした声のあと、ホワイトアウトするように真っ白になった夢から醒めた。
「……この夢を、獏にあげます」
起床のアラームが鳴る。
叩くようにボタンを押して伸びをする。
雲一つない快晴に、鳴き始めた蝉の声が響いている。
朝ごはんをつくらなければ。今日はトーストにしよう。バターをたくさん塗って、コーヒーを飲みながらニュースをみよう。
「……あれ」
そういえば、今日の夢なんだっけ。
「ん〜……」
欠片も思い出せない。
脳みそはもう朝ごはんのことでいっぱいだ。
まあきっと瑣末なことだったのだろう。
忘れてしまうくらいには。