彼女至上主義経済論者が言うには
午前終業のチャイムが鳴る。
「あー、終わった」
購買に昼食を買いに行く者、仲良し同士で集まって弁当を広げる者など、途端に教室の中がさわがしくなる。
「向井田、昼飯食お・・・・・・って何してんの」
「ん、新製品の名前のコンペに応募してる」
「授業以外の時間をほぼ全てバイトに捧げてる上についに休み時間にさえ金を稼ぎ始めたのか貴様は」
「効率大事」
「親友との昼ご飯よりもか」
「あとちょっとでイベントあるから。少しでも稼ぎたい」
「あー・・・・・・レイナちゃん?」
向井田は嬉しそうに笑った。
「そう。レイナちゃん」
レイナちゃんとは、向井田が愛して止まないアイドルだ。
「活動3周年記念のイベントだからさ、できる限り盛大にお祝いしたくて」
そう言ってスマホの液晶を見つめる目はいつになく優しい。
「ほんっと好きだよなお前」
「好き~」
へにゃっと笑う向井田を前に短い溜息をついて弁当を広げる。
「なんだっけ、ガチ恋?とか?」
「あー、そういう人もいるねぇ」
「お前は違うの?」
「うーん・・・・・・なんというか、俺はレイナの人生に課金してるだけ。親が子どもに習い事させてあげたりお小遣いあげてるのとほぼ一緒だよ。レイナが好きなことして好きなように生きる、その支えに少しでもなれたらそれでいいって感じ」
「本気で言ってんのかお前」
「うん」
「高校生がたどり着く境地かよそれ」
豚肉の生姜焼きとご飯を頬張る。
「お前なんか食べないの」
「んー、あんまおなかすいてないし、節約」
「レイナちゃんの放送に万札投げる前に身体大事にしろよ。死んだら元も子もないぞ」
「レイナがいなかったらとっくに死んでる身だよ。それにこういう小さな節約が大きな課金に繋がるんだよ」
「刹那的な諭吉より継続的な樋口の方がレイナちゃんも嬉しいだろうよ」
「刹那的な諭吉を継続的な諭吉にするときっともっと喜んでくれるよね」
「そういうことじゃねぇんだわ」
部活の鞄から部活前に食べる予定だったパンを取り出す。
「ほら」
「えっ」
「食え」
「えっでもお返しが」
「誕生日プレゼントだから何も考えずに食え」
「え・・・・・・ありがとう・・・・・・神・・・・・・」
向井田はパンを受け取ると、嬉しそうにもそもそ食べはじめた。
「何でそんなになってまでレイナちゃんに貢ぐわけ?」
「貢いでるんじゃなくて課金してるだけ。見返りが欲しいわけじゃない。レイナちゃんにお金かけたいと思った俺が勝手にお金かけてるだけだよ」
「ふーん・・・・・・でもさ、」
虚しくならないの?と聞くと、色素の薄い瞳がこちらを見た。
「どれだけお前がレイナちゃんをいくら好きだろうといくら金を与えようと、全く何にも返ってこないわけだろ? レイナちゃんの本性だってわかんないわけじゃん。今頃知らない男とよろしくやってる可能性だって無いことはないだろ? お前自分が身を粉にして働いた金を見知らぬ男が使い散らしてるとか耐えられんの?」
向井田はパンを咀嚼しながら少し考えるそぶりをしたあと、いつものようにふわりと笑った。
「それでレイナが幸せなら本望だよ」
「本気かよ」
「うん。人の気持ちはお金で買えないし。例え受け取ってもらえなくても、巡り巡ってレイナが幸せになってるのなら、それに越したことはないよ」
「少しでも近づきたいとかそういうのはないわけ」
「俺みたいなのに近づかれてもレイナにとって利益無いでしょ。レイナが望むなら近づくしいくらでも遠くに行くけど」
「とことんレイナちゃん至上主義な」
「レイナに出会えなかったら俺は今ここに居なかったから。自分からどこかの樹海に入ってって熊にでも食われて骨になってるはずだった。骨も残ってなかったかもしれない。命の恩人なんだから俺の命救ってくれた分の恩返しはしないと」
向井田の視線が一瞬左手首に移ったのを見て見ぬ振りをする。
「それがあのとりあえず万札ねじ込む系課金に繋がってるわけか」
「もしかして俺の命には1万円以下の価値しかないって言いたい?」
「自分に自信があるのか無いのかわからないなお前」
向井田なりの冗談だったらしい。けらけら笑っている。
「まぁとにかく、俺はレイナのことを好きなうちにありったけ好きだと言うし、投資したいだけありったけ投資するだけだよ」
卵焼きを食べながら、まぁ幸せそうだからいいかと思い直して残りのご飯をかきこんだ。ごちそうさまと手を合わせてから鞄にしまって、かわりに紙パックのコーヒー牛乳を取り出した。パンを食べ終わってごちそうさま、と言ってきた向井田に適当に返事をして続ける。
「レイナちゃんのどこが好きなの」
水筒でお茶を飲んだ向井田は「そうだなぁ」と首をかしげて、気づいたように言う。
「好きな寿司ネタ聞かれたときにサーモンでも鮭でもなくシャケって言うところとか」
「」
「そうかな」
向井田のスマホが震える。
「わ」
「どうした」
「レイナが今日配信するって」
「お前バイトじゃなかったっけ」
「そうなんだよね~」
つらいけど仕方ないよねぇ、と言いつつその骨張った指先が諭吉を二人送り込んだのをなんとなく見た。机に突っ伏して悔しがるかと思っていたのでわりと平常心を保っているようで良かったとどこか安心した自分もどこか壊れ始めているのかもしれない。コーヒー牛乳のパックをへこませながら、話題でも変えるかと口を開く。
「今日さぁ」
「ん?今レイナの話した?」
「待て」
「レイナの話する?」
「落ち着け」
「レイナの話するね」
「わかった」