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十八時〇〇分、豪雨。


“十八時になりました。本日の業務を___”

ニコの声に合わせてシャッターに手を掛ける。

何とはない日だったと手に力を込めたところで、インカムに突如ノイズが走った。

“待ってください”

ニコの囁き声に眉を顰め、動きを止める。

“・・・・・・受付番号555番の方、番号札と必要書類をお持ちの上、27番入局管理室へどうぞ”

「・・・・・・ニコ、業務はもう」

“彼です”

ドアが開く。断続的に荒れる波を照らす稲光と共に、頭から爪先までびしょ濡れの青年が入ってきた。

青年が引き摺っているギターケースの中で、何かががらがらと音を立てている。数多のモニターが一斉に赤く染まり、耳元で警報音ががなり立てる。

「お久しぶりです。職員さん」

ガラスに大粒の雨が叩きつけられている。

警報音がうるさい。

「・・・・・・書類の提示を」

青年はふらふらとこちらに近づくと、ギターケースをカウンターに立てかけて、書類が入ったファイルを差し出した。

「前のと同じですが」

モニターを盗み見る。椅子にぐったりと背を預けて力なく笑う青年は、前回同様、確かに嘘をついていないようだった。

「今日はいないんですか、ニコちゃん」

答えようとしたニコの音声が青年に届かないよう、インカム以外を消音にする。

「先程のお呼び出しで就労時間ぎりぎりでしたので」

「あはは、就労時間を守るAIに時間外労働をする人間ですか。面白い世界になったものですね。いやぁ、ご迷惑お掛けしてすみません、ほんと」

「いえ。手当が出るのでお気になさらず」

ニコが真っ赤に染まったモニターの一つを指し示す。

“……生体反応、ふたつ”

青年から目を離さず、わかっている、とインカムの応答ボタンを二回押す。了承の合図だ。

「どうかしましたか?」

「いえ、事務員から時間外手当について指示があったもので」

「そうですか。いや、ほんとに、ご迷惑おかけして」

はは、と乾いた声で笑う青年の表情は髪に隠れて見えない。

「入れますよね? 雨で濡れてる以外は、この前と全く同じですよ」

ビ、と新たに手元のモニターが赤く光る。

「お願いです、職員さん。許可証をください。もう楽になりたいんです」

その言葉に対しては、手元のモニターは青く光った。

私の波形を読んだニコが耳元で囁く。

“・・・・・・緊急警戒態勢に移行します”

応答ボタンを二回押し、青年に話しかける。

「ご存じかもしれませんが、この入区管理室では最新技術を駆使し、訪れる方々のあらゆるデータをとっています。確認しやすいよう、職員にはモニター上で波形のように表示されています」

「時間稼ぎですか?」

ぐ、とこちらを向いた青年の長い前髪から雨水が滴る。青年の感情を表す波形がぐらぐらと波打っている。

「いいえ」

ガラス窓の向こうで閃く稲光のような狂気を孕んだその瞳を見据える。

「どうだか」

青年は嘲笑するように短く息を吐いた後、私の左耳を指さした。

「それ。インカム?ですかね。やりとりしてるんでしょう、外の方と」

「いえ。外のものではありません」

「ニコちゃんですか?」

「お答えできかねます」

がん、とカウンターに踵が落とされる。真っ白なカウンターに泥が散った。

「許可証。どれだけ待たせるんですか」

「・・・・・・せっかちですね」

生体反応を表す数字が2から1の間で揺れている。

「まだ三分も経っていませんよ」

___ピ、ピ、ピピッ、ピピッ。

「・・・・・・何ですか、この音」

“緊急警戒態勢、移行完了しました”

ニコの声に応答ボタンを二回押す。

「お二人の波形が一致した音です」

青年の手がぴくりと動く。

「まさに運命のお相手だったのでしょうね」

簡素な空間に規則的な電子音が響いている。

「……何の話でしょう」

目を逸らした青年の横顔を、取り外した手近な小型モニターの発する淡い光で照らす。

「上があなたの、下がお連れ様のものです」

青年はゆっくりとこちらに向き直ると、食い入るようにモニターを見つめ、重なり合って青く光っている二つの波形に薄く笑った。

ギターケースを一瞥して続ける。

「お二人の波形が一致しているという事実から、今回は特別に、お一人分の必要書類でお二人の入区を許可いたします」

モニターをあった位置に戻す。

「……優秀なお役人さんだ」

乾いた笑顔で言葉を吐いた青年に沈黙を返す。小さな液晶の中で、ニコが鳴ろうとする警報音を押し込め、赤く点滅しようとするLEDを無理矢理青にしながら、許可証の入った引き出しのロックを解除した。

引き出しの中から許可証を二人分取り出して渡す。

「よい休暇を」

カウンターから足を外し、青年が立ち上がる。

「どうも」

前髪から目尻に落ちた水滴が青年の頬を伝っていく。警報音を無視して緊急用ボタンでドアを開ける。ふらりと頭を下げて、青年は深安良区に向かっていった。

“カウント、3”

青年と入れ違うように、雨粒が地面に叩きつけられる音と湿気た匂いが入ってくる。

“2”

空とギターケースが鳴っている。

“1”

ドアが閉まる刹那、隙間から滑り込んできた銃声を潰すように両手を握りしめた。

モニターの中では二つの心臓の波線が一直線に重なって、赤々と光っていた。

ニコが口を開く。

"……どうして、警備を呼ばずに彼を深安良区へ"

再生医療によって難なく元に戻るとはいえ、青年は人をバラバラにしてギターケースに詰めていた。ニコが疑問に思うのは自然だ。その場で拘束するべきだったと、誰しもが口を揃えて言うだろう。

「書類に不備はなかった」

ニコは何も言わなかった。